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無関係であること‥‥‥。

満員のバスに乗り込んだ。

80代のご婦人も後から乗って来た。

優先席に高校生が座ってスマホを見ていたので肩に触れて、

「優先席だから代わってね」と、思わず声をかけた。

すると、ご夫人は、

「すぐ降りるからイイです。」と言って座らない。

女子高生は立っていた友達と小声で言葉を交わして、何事も無かった様にスマホを見ている。

お年寄りは優先席に若者が座っていたら遠慮して前に立たない。

座れた人はスマホに熱中して周りを意識していない。

無関係であることを無意識に選ぶ人達。

谷口雅宣先生の発表された

「凡庸の唄」の生き方が大切だと

つくづく思った。

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コメント

堀さん
アドバイスありがとうございます😊
堀さんのブログをお手本にして開設したこのブログも13年目になります。これまで変なコメントは殆ど書き込まれる事はなかったので承認制を取る必要がありませんでした。アドバイスの通り早速承認制に致します。
これからも顔と名前を堂々と出してネット上でも実生活でも倫理的で宗教的な生活者であり続けます。ありがとうございます😊

 幸江さん、ひどいコメントを書かれてますね。コメントは承認制にされたらどうですか。僕はそうしてます。雅宣先生もそうされてます。書いたコメントがポンポン載れば変なコメントは書かれ放題です。

合掌ありがとうございます。
谷口雅春大聖師の教えに反して他を罵倒されるあなた様をも神様はお許しになられるのでしょう。「神、自然、人間の大調和」を目指して日時計主義で生きております。どのように生きようとあなた様の自由でございます。今後あなた様のコメントがあれば削除させていただきますので悪しからず(´∀`)

雅宣自称3代目の本ですか。
谷口雅春大聖師の御本ならいくらでも拝読致しますが、国際本部で、ゴキブリを食べて喜んでいる凡庸親父の御本など、ずべて焼き捨てるか紙ごみで処分済みです。
悪しからず。

ブログを読んで下さってありがとうございます。

私は総裁を心の底から尊敬しておりますのであなた様のお名前では質問に対してお応えする気持ちにはなれません。

ただ、雅宣先生の本を全て読まれてますか?読んだ方でないと理解できませんので悪しからず。

>「凡庸の唄」の生き方が大切だとつくづく思った。

とおっしゃいますが、『凡庸の唄』のどこが気に入りましたか。


谷口雅春著 『青年の書』からの引用です。自称3代目総裁がつくった「凡庸の唄」的生き方を批判されていると思えるご文章がありましたので、ご紹介します。

まずは、「月曜日の箴言 真に神の子なる強者は、失敗に捉われない」から引きます。

《『生長の家家族の祈願及修養』にも「たとい躓くことありとも、その刹那に立ち上がりて光明に面せんことを期す」というのがあるが、これがすべて人生に於て勇敢高邁に成功をかち得た人たちの秘訣であるのである。

過去に於ていかなる苦き辛き経験があろうとも、そんなものに心が捉えられてはならないのである。

目の前にあるところの現象を越え、艱難を超えて、吾々は実相の世界にすでにあるところの成功を見なければならないのである。

諸君は今まで成さんと欲したところのある事物に失敗したかもしれない。

ある計画に挫折したかもしれない。

ある学校の入学試験に敗れたかもしれない。

あるいは恋する相手の愛情を獲得するのに失敗したかも知れない。

しかしいつまでもその失敗や蹉跌に心を捉えられて前進することができないものは凡庸の徒であるのである。

真に神の子なる強者は決して目前の小さな失敗に捉われはしないのである。》


また、「土曜日の箴言 凡庸は、埋蔵されたる無限力を出さないだけである」にもこうあります。

《誰でもいざという危急の場合には日頃の数倍の力がでるのである。

困難は一寸法師を巨人の如く偉大ならしめ、凡庸なる人間を英雄にまで鍛え上げる。

もし吾々が、困難のきたらない時にもすでに困難のきたった時と同じように自分の中に埋蔵されたる無限力を引きだし得る方法を体得することができるならば、彼は必ずや驚くべき偉大なる人物にまで伸びるに相違ないのである。

神の造りたまえる万物の中で、神の最も完全なる肖像として造られたる人間がただの平凡ななすことのない普通人で終わるべきはずがないのである。

それは神の創造の失敗でもなければ、人間にその力が宿っていないのでもないのである。

ただ吾々がその力を出さないのにすぎないのである。

その力を外界から拍車をかけて発揮するようにしてくれるものが、外界からの打撃である。》


こう見てくると、「凡庸の唄」というのは、何かしら『反 青年の書』とも言うべき代物ではないかとすら思ってしまいます。

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