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2016年6月

やめましょうよ

やめましょうよ。

欲ばるのは。

貪るのは。

四無量心をまなびましょうよ。

みんな。

選挙に行かないという選択で逃るな‼️

おおさか維新の会
自民党
公明党
日本のこころを大切にする会
日本を元気にする会
新党改革

生長の家は支持しません。


『今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針(その2)

不支持政党を追加

生長の家は、宗教者としての純粋性の表現と、国の進む方向を誤らせないために、6月9日付で発表された会員・信徒への指針「与党とその候補者を支持しない」ことに加え、憲法改正を急ぐ「おおさか維新の会」、および安保関連法案に賛成した政党(自民党、公明党、日本のこころを大切にする党、日本を元気にする会、新党改革)とその候補者を支持しないことを表明します。

なお、選挙での各個人の投票は、本人の自由意思に基づくべきですので、会員・信徒の皆さまにおいては、あくまでも各人の意思で決定して下さい。』

2016年6月22日

宗教法人「生長の家」

宗教法人「生長の家」は安倍政権を支持しません。

安倍氏は、日本国最大の権力者として、国会における単独過半数の議席の勢いを得て、あってはならない憲法の“解釈改憲”を実際に行い、政治の監視役であるジャーナリズムに圧力を加え、日本の将来を担う青少年の価値観を左右する教科書の選定に介入してきた。このような言動の原因が、冷戦時代に生長の家が掲げた政治思想に頑なにしがみつく元幹部の“功績”にあるとしたならば、私は現在の生長の家の責任者として、「その道は、宗教的にも政治的にも間違っている」と声を大にして訴える責任を感じるのである。
http://www.jp.seicho-no-ie.org/news/sni_news_20160609.html

『「日本会議の研究」について 』谷口雅宣先生のブログを紹介いたします。

 5月29日に大阪で行われた生長の家講習会で、私は「運動の変化」について話した。この話題は、講習会のテキストに使っている拙著『宗教はなぜ都会を離れるか?--世界平和実現のために』(2014年11月刊)の第1章のタイトルと同じである。この本が世に出てからすでに1年半になるから、読者の多くはきっと内容をご存じであろう。生長の家の運動が、創始者、谷口雅春先生の時代から変わってきていることと、その理由について解説しているのが、この第1章である。同じ趣旨の解説は、私が監修した『歴史から何を学ぶか--平成15年度生長の家教修会の記録』(2004年刊)の中にも書いてあるが、こちらの本は講師を対象にした硬い内容のものなので、あまり多くの人は読んでいられないだろう。 

 生長の家の講習会には、私たちの運動について予備知識をあまりもたない人も参加しているから、普通の場合は、ことさら「運動の変化」を語る必要はないかもしれない。しかし、平成の年号も28年を重ね、運動熱心な幹部の中にも、昭和50年代の後半まで教団を挙げて行われていた激しい政治運動のことを知らない人が増えたことを考えると、宗教と政治の関係の難しさや、両者が密着することの弊害について、生長の家の経験を通してきちんと説明するべき時期に来ていると、私は感じていた。 

『宗教はなぜ……』の第1章は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を、戦後の44年にわたる“東西冷戦”の時代と、それ以後の変化を対比させながら明らかにした。これは言わば、マクロの(大局的な)視点からの解説だから、どうしても抽象的になった。その主旨をここで概括的に言えば「世界情勢の変化が宗教運動の方向を変えた」ということである。しかし、宗教は日常的には「人の心」というミクロの問題を扱うのである。だから、このミクロの視点からも、宗教と政治が密着することの問題について、私はどこかで具体的に述べる必要を感じていた。 

 もちろん上掲書が、この“ミクロの問題”にまったく触れていないわけではない。例えば、同書の20ページには、政治運動と宗教運動の両立の難しさが、次のように書かれている-- 

「とにかく、生長の家は、このような考えにもとづいて“大日本帝国憲法復元改正”を最終的な目標として、生長の家政治連合(生政連)を結成(1964年)し、政治活動を展開した。しかし、この運動は、生長の家の代表をできるだけ多く政治の舞台に送り出すのが目的だから、日本のどこかで選挙があるたびに、生長の家の信徒は政治運動に駆り出され、真理や信仰を伝えるのではなく、政治目標を説いて回ることになる。そのためには新たな資金も人材も時間も必要となり、宗教活動はしだいに政治活動に従属していったのである。そして、国会において生長の家が進めていた優生保護法改正がかなわず、加えて参院選でも生長の家代表候補が落選したことを受けて、1983年7月、生政連の活動は停止され、“今後は教勢拡大にむけて全力をそそぐこと”が決定された。もう30年近くも前のことではあるが、私たちの運動史の中のこの“政治の季節”に体験した高揚感などが忘れられず、その頃の運動に帰りたいと思う人々は、少数だがまだいるようである。」 

 ここにある「真理や信仰を伝えるのではなく、政治目標を説いて回る」という意味は、政治目標達成や選挙運動に力を入れるあまり、何が正しく、何が真理であるかという判断や、個人が抱える苦悩の救済が二の次に回されてしまったという意味である。また、「宗教活動はしだいに政治活動に従属していった」という意味は、教団の組織的活動において、宗教的なもののが後退する一方、政治的なものが優先されるようになったということだ。これは、「政治目標達成のために宗教的情熱が利用される」と表現してもいいかもしれない。宗教運動にとってこのような傾向は決して好ましくないため、第二代総裁の谷口清超先生は、昭和58年に生政連の活動停止を決断されたのだった。 

 ところが、この決定を好ましく思わない人、納得しない人、さらには反対する人も教団内には少なからずいた。それらの人々の中には、自らが好む政治活動に注力するために、潔く教団から離れた人もいた。が、その他の多くの人々の中には、表面は本部の方針に従う振りをしながら、陰では従来通りの政治活動をしたり、政治運動との接触を続けていた者もいたのである。教区の講師の代表である教化部長や、本部の理事(現在は参議)の中にも、このようにして本心を隠したり、“二股を掛ける”生き方を続けてきた人がいたことは、誠に残念である。なぜなら、宗教運動とは信仰運動であり、信仰には誠実さが何よりも必要であるのに、これらの人々は、表と裏を使い分ける不誠実な生き方を長年にわたって続けてきたからである。 

 そういう人々が具体的にどんな種類の人であり、宗教の陰でどんな政治活動を続け、何を目標としてきたかは、本部の側からは判然としなかった。ところが最近、生長の家の信仰者ではない一人の著述家が、独自の調査によって、これらを解明する本を出版した。菅野完(すがの・たもつ)氏が書いた『日本会議の研究』(扶桑社新書)が、それである。この本には、かつて生長の家の幹部活動をしていて、今は日本会議が進める政治運動の中枢にいる人が、何人も実名で出てくる。私より年齢が高く、かつ当時の生長の家の運動に関わっていた人々にとっては“懐かしい”話も出てくるが、当時隠されていた“驚くべき”話もある。とにかく、最初は門外漢であったはずの著者が、ここまでよく調べ、よく書いたと感心する。 

 つまり、この本には、私が『宗教はなぜ……』の本でカバーできなかったミクロの事実の多くが解説されている。書かれた内容--特に教義に関すること--のすべてが正しいとは言えないが、大きな流れは事実に沿っていると思う。そういう理由もあり、私は大阪で行われた生長の家講習会では、菅野氏の著書を紹介し、興味ある参加者に一読を勧めたのだった。本欄の読者にも、同じことをお勧めする。 

 谷口 雅宣

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自転車が戻ってきた。

交番から電話があった。

2年半前に

盗られた

自転車が見つかったとの連絡。

パンクしてボロボロらしいが

2年半も経って戻ってくるとは。

今はバスのフリーパスを使ってるから自分の移動に困った事は無いんだけど、

自転車部が立ち上がったので
自転車復活したいなあと、

ココロにフツフツ思いが立ち上がった途端に

戻ってきてくれるとは。

引き寄せたなあー。

ココロって、
凄いね。

昇格試験

準教務試験が5月29日終わりました。

12月から試験勉強を始めて、
その範囲の広さに戸惑いながらも写経のようにノートに書き続け、だけどまだまだ音楽を聴きいたり、小説も気分転換に読んでたのですが、

4月からは、ちっとも進まない課題に途方に暮れて、
大好きな読書もチョットのお酒も休止して、音楽を聴きながらの読書も止めにして、

出勤のバスの中はご先祖様へココロで感謝しながら聖経と讃歌を読んで、

帰りのバスは課題の本を読んで

毎日4時間の睡眠で朝5時の神想観の後の1時間を書いて覚えることに専念しました。

スイスイ入りましたと、言いたいところですが、

実際、朝の時間に半分眠りながら書き写しても、うすらぼんやりして勉強してるつもりになってるだけじゃなかろうかと不安になりました。

それにしても、谷口純子先生の「平和のレシピ」で、朝の時間の30分で原稿を書かれてると言われてた事が、凄いことなんだと、自分が真似てみて分かりました。

やればやるほど不安になって苦しかった。

すると、自分が大学受験を望んでも父から反対されて泣く泣く断念して途中で勉強しなくなった事を思い出してなおさら辛くなったし、もう出来ないと逃げ出したくなった。

生長の家が大好きだったけど講師試験の前になるとアル中が酷くなって受験できなかった父の嘆きも思い出して辛くなった。

個人指導に出かけて行った先で
もう来ないで下さいと断られて、もの凄く落ち込んだり

義母が骨折したり、
義父が心臓の手術をしたり

嵐のように魂が磨かれる日々でした。

そんな中、

夫と子供達が心の底から応援して、協力してくれて、励まし続けてくれて。

残り2日でようやくまとまってきて、

当日は

試験が楽しくて、楽しくて、
出来てないところもあったけど、
荒削りだけどわたしの今出来る全てを出し切ってきました。

頑張った。
ホントに頑張った。

そもそも丸1日仕事に拘束されてる私が試験にチャレンジする事自体が無謀。

それでもやりたかった。

やって良かった。

ギリギリセーフで受かったかもと思いながら、

落ちても、喜んで来年もチャレンジするぞー!

来年は100点満点間違いなしだぞー!

なんて、明るく能天気な事を思っております。

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